切った貼った

「DTP」の普及まで業界で活躍していた手動タイプライター
私がこの業界に足を踏み入れたのは90年代前半、印刷用の版下制作はタイプライターや写真植字からMacintoshによるDTPへ移行して行く過渡期だった。
例えば活字組版について説明すると、本文は専用の清打用紙にタイプライター(上写真)で打ち込み、タイトルや見出しなど大きめの文字は写植機で棒組出力したものを所定の場所に貼りつけるのだ。駆使するものは、「カッター」「透視台」「定規」「ピンセット」「スプレーのり」などである。
そして、仮に校正で1文字でも削除が入ると、後に続くすべての文章を1文字分繰り上げなければにならない(業界では「トルツメ」という)。このような手直しが何十ヶ所ということも決して珍しくなく、つまり版下というものは「切った貼った」の満身創痍なものだった。
ちなみにこの作業、まるで神業のように寸分の狂いもなくやっている人が当時はゴマンといた。私がかつて在籍していた印刷会社のタイピスト氏もその一人で、その作業技術は芸術の域に達していた。かくいう私もこの作業に長らく関わってきたのだが、この出来不出来で全人格までもが評価されてしまうような危機感を抱きながら、黙々とカッターを滑らせていた記憶がある。
時が流れた現在は、ほとんどがコンピュータよるデジタルデータが最終版下だ。オンデマンド印刷やPDF、インターネットなどメディア様式が多様化している今、「タイプ+写植+切り貼り」という手法はすでに絶滅しているはずである。
技術が進化するのは世の常だが、それによって業界に多種多様だった「職人」たちが消えていった。DTP時代の到来により、スペシャリストよりもゼネラリストが求められるようになったのだ。
「古き良き時代」と哀愁を感じているわけではないし、そんな余裕もない。だが、そう遠くない将来、今の状況ですら「懐かしい」と振り返るほどの更なる進化が待っているのかと思うと末恐ろしい…。
- 関連記事
カテゴリ : 業務関連