嗚呼、哀愁の「持ち込みデータ」

「餅は餅屋」という言葉はご存知だろう。「餅屋がついた餅がいちばん美味しい」ということから、「何事も専門家に任せるのが最善」という意味だ。ところが、この業界の場合、近年のクライアントはその餅屋に任せてくれないケースが多い。餅屋が信頼されなくなったわけではない。一番の理由は“経費削減”なのだ。
例えば、ある飲食店がメニューを新しく作ろうとした場合、一昔前なら最初から最後まで全て業者にお任せだった。写真ひとつでも、プロが機材とテクニックを駆使してこそ「食べてみたい」と思える質感を表現できるのであり、そのギャラは一点数千円から万単位という金額になる。
そして、レイアウトなどのデザインから最後の印刷・製本まで、何人ものプロの手を通って初めて完成するものだった。現在は様々な印刷手法が発達してきたので例外もあるが、一般的にカラーオフセット印刷はたった一枚刷るだけでも数万円かかるもので、総額で数十万円かかったなどという話もザラだった。
ところが、現在は違う。パソコンはもとより、レイアウトソフト、デジカメ、プリンタ、スキャナといったものが、小遣いに毛が生えた程度の値段で売っているのだ。もちろん廉価品には違いないので、性能も“それなり”なのは当然である。だが、不景気な昨今では、これらを使ってクライアント側が自分で作ってしまうのだ。
メニューでの例を続けると、デジカメで撮影した画像を取り込み、レイアウトし、インクジェットプリンタで出力し、簡易ラミネーターを通せば一丁上がりである。設備投資を除き、品質も妥協すれば、かかる製作料はほとんどゼロに近い。
まぁ、そういう時代なのだから、これでは仕事が減るなどとボヤくつもりはない。経費削減はどこも一緒で、それは仕方のないことだ。しかし…
モノによって印刷枚数が4ケタぐらいになると、一般用インクジェットプリンタでは色々と無理が生じるため、データ持ち込みで「印刷だけ頼む」という依頼がある。「データ持ち込みなんだから、制作(デザイン)費はタダだろ?印刷代だけ払う」と…。はい、喜んでお引き受けしますよ。ただし、それが“完全データ”だったらの話ですが…。
オフセット印刷機によるカラー印刷(4色印刷という)というのは、CMYK(シアン〈青〉、マゼンタ〈赤〉、イエロー〈黄〉、ブラック〈黒〉)という4色のインクを掛け合わせて印刷される。データ内の全ての色は、この4色に網点分解され、フィルムとして出力される。色の濃淡は網点の大小で表現される。そして、フィルムから刷版という行程を経て、上記の4色のインクを使って印刷する。こちらを見れば、その意味を理解して頂けるだろう。新聞折込チラシの写真を拡大したものだ。

まず、この理屈を理解されていない状態でドキュメントを作られても、そのままでは印刷できない。インクジェットプリンタは、基本的にはモニタに写し出されたままの状態でプリントできるが、オフセット印刷はそうはいかない。印刷の原理が全く違い、とにかく制約や約束事が多いのだ。
画像の解像度や色補正、ファイルの保存形式、書体や文字の大小などの組版設定、果ては誤字や漢字の送りがなの修正など挙げればキリがないのだが、要するに“手直しが必要なデータ”が圧倒的に多いのである。この作業に丸2日費やした事もあり、「これなら一から任せてくれた方がよほど早かった」とグチも言いたくなる。
あ…経費削減でしたね、はいはい。
何もイジらず、データをそのまま製版会社に出しても構わないのだが、突き返されるのは目に見えているので直さないわけにはいかない。さすがにこの作業を無料でやれるほどの余裕も包容力もないので、クライアントには事情を説明し、理解してもらうのに半日かかったこともある。
デザインの良し悪しは、個々の“感性”に依存する部分が大きい。デザイナーとクライアントがこれを合致させないと、全く別な感性で作り直さなければならないことがが多々ある。そのため、「こんなイメージで」という“ラフ案”としてデータを作ってくれた方がこちらも仕事がしやすく、非常に能率的なのだが…。
あ…経費削減でしたね、はいはい。
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